お問い合わせ
開催期間
2006年12月3日(日) ~ 2007年2月25日(日)
物を包んで持ち運ぶことは原始的な用法として様々な民族の間に見られます。袋物はその進化した形で風俗や服装の変遷によって多様な形を生み出しました。
袋物の歴史を辿ると、日本では古事記の「因幡の白兎」の物語に大国主命が袋を背に負う様子 が表わされています。時代が下り、鎌倉時代には武具等を納める袋や上刺袋が作られ、室町時代 になると「包む」という実用と美を兼ねた茶袋等が生まれました。また江戸時代には袋物屋も登場し、生業として成立するほどの需要があったことがうかがえます。
甲州印傳も袋物の発達と共に歩み、巾着・合切袋・信玄袋等数多く作られました。合切袋は当 初、「合財袋」と表わされ、金銭などの財を入れるものとして用いられてきました。その後、身の回りの品を一切合切入れるようになったことから「合切袋」の名が付いたと言われています。信玄袋は千代田袋とも呼ばれ、明治中期頃に流行しました。当時の信玄袋は大型で主に旅行用として用いられていたようで、徳富蘆花の小説や竹久夢二の絵にも描かれています。合切袋も信玄袋もかばんの流行や、女性の社会進出でバッグが出回るまで重宝な物入れとして愛用されていたようです。
武田信玄と信玄袋の関係は「信玄が甲冑入れに用いた」「弁当入れとした」等と諸説がありますが、明らかではありません。戦国時代にあって、信玄は勇猛な武将として知られるだけでなく、領 国経営にも手腕を発揮しました。その功績は信玄を追慕する人々の心に永く残り、信玄桝・信玄天秤・信玄弁当等、「信玄」の名を冠して親しまれています。
今回は甲州印傳の技法によって装飾された合切袋と信玄袋を特集しました。
*この展示は終了しております。